雑記:「発音がいい」とは何か


よく人に「英語の発音がいいですね」などと言われることがあります。学生時代に英語音声学を専攻しましたし、音読やシャドーイングなどをかなりやってきましたし、「オンセー屋英語教師」などと自称をしているくらいですから、それなりの自覚(自負?)はあります。言われて嫌な感じはしないのですが、「さすがに英語の先生だけあって/r/の発音がきれいですね」とか言われると「むう、そこちょっと違うんだどなぁ」とか「他にもっと注目してほしいところがあるんだけどなぁ」とか思ってしまうことがあります(笑)。この「発音がいい」とか「発音が悪い」という考え方、やや曲者だなぁと思うこともあります。そもそも「発音がいい」とはどういうことだろう、ということでいろいろと考えてみます。

 

例えば、以下のような人は「発音がよくない」のか。

 

  • /r/の発音ができない人
  • /θ/の発音ができない人
  • /v/の発音ができない人

 

「発音ができない」という考えがでてきましたが、言語学において発音記号の前身であるIPA(国際音声記号)をブラケット(//)の中に入れて表す場合、問題にしている言語の発音体系の話をしているということになります。なので、「/r/の発音ができない」ということは、適切な箇所で/r/の発音ができていないとうことになるかと思います。英語の/r/は、標準的な方言(標準的な米・英発音など)なら、[ɹ]という記号で表される発音(歯茎接近音(alveolar approximant))で発音されますが、仮にこの音をきれいに発音することができても、適材適所で発音されていなければあまり意味がありません。例えば、relativelyを[ˈɹelətɪvɹi]のように、[l]で発音すべきところで[ɹ]を使って発音してしまう人は決して「英語の発音がいい人」とは言えないわけです。英語のことをよくわかっていない人にとって、この[ɹ]で表す歯茎接近音というのは、発音するだけでなんとなく「英語っぽいかっこいい音」なわけで、この音ができる人は「発音がいい人」になってしまっているのではないかなぁと思うことはあります。これは、[θ]や[v]についても同様なことが言えますが、[ɹ]はこの傾向がいっそう強い印象があります。

 

 

何がいいたいかと言うと、英語の標準的なバラエティの発音で採用されている日本語にはない英語特有の母音や子音を単独で再現することができたとしても、必ずしもそれは「発音がいい」ことにはならない、ということです。もちろん[ˈɹelətɪvɹi]と発音している人も将来的に[ˈɹelətɪvli]と発音できるようになる可能性は十分にあるので一定の評価はできますが、上で述べたような「適材適所」で使用できた時にはじめて「/r/の発音ができている」ことになるのかなと思います。

 

 

では、relativelyを[ɹ]の代わりに比較的似た音声的特徴を持つ[w]を使って[ˈwelətɪvli]のように発音する人はどうかという問題。relatively以外の他の単語、例えばreallyも[ˈwiːli]のように発音できていたら、一応規則性があるので、一見問題はなさそう。しかし、英語の母音体系にはすでに[w]のインベントリーがあるため、readを[wiːd]のように呼んでしまうとweed「雑草を刈る」と誤解されてしまう可能性が出てくる。もっとも、I’m reading a book now.なら、文脈上「雑草を刈る」という選択肢はほぼゼロだから否定できるだろう、ということで「容認される」ことは十分にある。自分の印象ですが、こういった類の発音は、たくさんなければ聞いている人はほとんど気にならない。日本語でもダ行の子音をラ行の子音に近い[l]や[ɾ]などで代用して発音している人も見かけますが、母語話者として「発音の流暢性が乏しい」とか「発音が悪い」というイメージにはあまり結びつかない(もっとも自分の場合はある程度トレーニングを受けているので気になってしまうことはありますが)。ということで、自分の中では、その人の中で規則的に子音や母音を使うことができており、基準から逸脱した音を使っているけど、聞き手が混乱しない程度(曖昧性がでない程度)のレベルであれば、外国語話者としてはだいぶましな発音なのではと思うようにしています。

 

 

子音とか母音の「発音のよさ」みたいなものに関して自分がよく考えるのはこんな感じのことです。自分が他人の英語を聞いて「発音がいい」と感じる大きな基準は、ざっくりまとめると以下のような感じなのかなと思います。

 

  1. 規則的に子音や母音を使っているか
  2. 曖昧性がでていないか
  3. 効果的にプロソディを乗せられているか

 

ずいぶん大雑把ですが、実は3つ目が1番大切かなぁと思っています。自分も朗読などを録音して作ったりしていますが、自分の朗読を人に聞いてもらって一番評価してもらいたいところは、[l]とか[ɹ]がきれいに発音できているとかそういうことではなくて、聞いている人に配慮した抑揚とかリズムとか間みたいなものを含めたプロソディの使い方(まだまだ未熟なところも多いですが)。こちらの話は長くなってしまうので、今回はやめておきます。

(2018年6月25日 加筆訂正)


takeondo
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英語教師。学生時代に英語音声に魅了され、英語教師の道へ。とりわけ関心があるのは、英語のプロソディ(超分節音的側面)とよばれるリズム、イントネーションなど。英語朗読、英語落語にも興味があります。 Certificate of Proficiency in the Phonetics of English 2nd Class 趣味:囲碁(四段)、ランニング(ハーフ1時間30分/フル3時間40分)

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