しばらくブログの更新をさぼっていました。仕事や私生活の忙殺という言い訳もさることながら、なかなかモチベーションを上げられずにいました。そんな不安定な著者ですが、また例のごとく少しずつ更新していこうと思いますので、どうか気長にお付き合いください。
さて、今回は中学1年生を教えていて思ったことを書いてみようと思います。
外国語を学びはじめの者にとって、「母語に置き換える」という作業は結構大切だと思っています。「ああ、このことばは日本語で◯◯というのだな」といった具合に、効率よくボキャブラリーを増やしていくことができるからです。
しかし、中学校で英文法を体系的に学習していると、すぐにこの「置き換え」の難しさに直面します。それが、「代名詞」の置き換えです。中学校で習う代表的な代名詞をあげると以下のようなものがあります。
- 人称代名詞(I, you, he, she, it, we, theyなど)
- 指示代名詞(this, that, these, thoseなど)
- 不定代名詞(one, some, all, noneなど)
- 関係代名詞(who, which, whatなど)
中でも中学1年生ですぐに登場するのが、最初のふたつ、人称代名詞と指示代名詞です。今日は、私が中学1年生にこうした代名詞を教える際に私が抱えているジレンマを紹介いたします。
中学生の英語の検定教科書で一番最初に登場する人称代名詞は主格のIとyouだと思いますが、これらの単語を一般的な英和辞典を引いて最初に出てくる日本語は、それぞれ「わたしは」と「あなた(たち)は」です。そこで、生徒達には、日常的に(例えばその日朝起きてからその授業に参加するまで)どのくらいの頻度でこの「わたし」と「あなた」という言葉を使うかどうかを尋ねます。すると、ほとんどの生徒が「使わない」と答えます。
次に、「わたし」や「あなた」を使わないのならば、どういった日本語を使うのかを尋ねてみます。すると、「俺」、「僕」、「お前」、「〇〇(相手の名前を直接使う)」などの比較的中学生が使用することばがパラパラと出てきます。ここからさらに「自分では使わないものも含めて、他にどういう日本語が当てはまるか出せるだけ出してみて」と言います。すると、以下のような日本語が出てきます。
- 1人称(わたし、俺、僕、あたし、うち、あたい、わし、われ、朕、我輩、俺様、オラ…)
- 2人称(あなた、あんた、お前、きみ、貴様、おのれ、てめえ、おんどれ、そなた、あなた様、おみゃあ…)
実に様々な日本語が出てきます。「英語では、ほぼIとyouしか使わないよ」と教えると、「ふむふむ、なるほどなぁ」みたいな反応になります。日本語の1人称、2人称の主格は、このようにたくさんあるわけですが(役割語と呼ばれます。こちらもご参照を『ウサイン・ボルトの”I”はなぜ「オレ」と訳されるのか』(https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/kotoba/016.html))、これらが、みんなIとyouの2つに集約されるという事実は、日本人の英語初学者にとってはそこまで問題にらならないようです。たくさんあるものを少ないものに置き換えるわけですから、ある意味当然と言えるかもしれません。
そして次に3人称、he, she。一般的な英和辞典を引いて最初に出ている日本語は「彼は」「彼女は」。さて、ここでも同様に「日常的にどのくらいの頻度で「彼」「彼女」という日本語を使うか」という質問をしてみると、返ってくるのはやっぱり「ほとんど使わない」という回答です。それから少しすると「彼氏」「彼女」という表現は、むしろ「特別な関係の男性、女性」という意味で使わることが多いことに気づき、ザワつき始めます。
ここまでは、まあそれなりに予想がつきます。私がこのエントリーを書こうと思ったきっかけは、授業で3人称複数の人称代名詞theyと複数の指示代名詞these, thoseがいっぺんに出てきた時のことです(『Sunshine English Course 1』)。
these, thoseを一般的な英和辞典で引いてみると、最初に出てくる日本語はそれぞれ「これら」と「あれら」だと思います。同じくtheyを調べてみると、「彼らは、彼女らは、それらは」と「彼ら」「彼女ら」「それら」という日本語が使われていることがわかります。中学生に英語を教えたことがある方なら誰しも思った事があるのではと思いますが、この中で、「これら」「あれら」「それら」という3つの日本語は英語を学びはじめの中学生にとって非常に分かりづらく区別しづらい響きを持っています。
そこで、「わたし」「あなた」と同様に、「これら」「あれら」「それら」という日本語をここ1、2週間くらいで口にした人がどれくらいいるか挙手をさせてみます。すると、ほとんどの生徒が手を挙げません。このthese, those、they(複数の「物」を受ける意味)に当てはまる日本語は彼らの口頭発表語彙の中にはほとんどないのです。以下の英文は直訳するときわめてぎこちない日本語になります。
- These are not my pens. They are his pens.
- Those are not my friends. They are my father’s friends.
- 「これらは私のペンではありません。それらは彼のペンです。」
- 「あれらは私の友達ではありません。彼らは私の父の友達です。」
そこで、生徒達に「日常的に言いそうな日本語」に直させてみます。すると、例えば以下のような日本語が得られます。
- 「ここにあるのは俺のペンじゃない。あいつのペンだ」/「これどっちも俺のペンじゃない。あいつのだよ」
- 「あそこにいるのは俺の友達じゃない。俺のお父さんの友達だ」/「あれ俺の友達じゃないよ。親父の友達ね」
上に書かれた日本語で太字になっている表現はthese, those, に対応するものですが、どの辞書の該当項目を引いても載っていない表現です。さらにいうと、theyに至っては形にも表れていません。ここいらへんでようやくthese, those, theyの骨格が見え始めてきます。「these, thoseは原則2度目以降には使わず、代わりにtheyを使う」とかそういったルールも教え始めます。これほどまわりくどい説明をして、「英語の代名詞、とりわけ複数を表す代名詞は、日本語で表現しづらい」ということを少しだけ理解してくれます。
さて、ここからが問題。ここまで教えておいて、「でもね、「これら」「あれら」「それら」というあまり使わない日本語でも先生は便宜的に使うことがあるかもしれないから、念のため覚えておくのだよ。こういう日本語はとりあえずのラベルみたいなものなんだ」と言って、結局はこうした日本語の使用を容認してしまっています。「次の英文を日本語にしなさい」みたいな問題でも、こうした日本語を敢えて使用することを勧めはしないものの容認してしまっています。
果たして「日常的にあまり使用しない日本語に置き換えるような作業」は長い目で見て効果的なのでしょうか。結局のところ、生徒がこうした日英の代名詞の用法の違いに気づくためには、長い時間をかけて様々な言語形式に触れさせていく必要があります。しかし、初学者を教える際に表れるこうしたジレンマはなかなかなくなりません。みなさんは、こうしたジレンマとどのように付き合っているでしょうか。
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