教室におけるスピーキング活動の諸問題


しばらくブログの更新を滞らせておりました。

この半年間は結構忙しく、学会運営のお手伝いをしたり慣れない学会発表をしたりと、本務のお仕事に加えて、てんやわんやの日々が続いておりました。

さて、今回のテーマですが、以下のような問題を考えてみたいと思います。

 

教室で英語を話すのって、簡単なこと?それとも難しい?

 

毎日英語を生徒や学生に教える立場の先生ならどうだろう。教室で40人の仲間と一緒に英語を学んでいる生徒や学生の立場ならどうだろう。そもそも、人によってこういう感覚は異なるのかもしれない。いろいろな考えを思い巡らせることができます。今回は、教室にいる生徒の立場から、という観点でこの問題を考えてみたいと思います。

 

生徒が萎縮してしまう

私は高校2年生くらいから、NHKラジオ講座を聴き始め、自宅で音読やシャドウイングなどのいわゆる「発音練習」をするようになったのですが、いくら自宅で練習をしてうまくなったという実感を得たとしても、教室で他の生徒の前で英文を読むように促されると、うまく読むことができませんでした。

また、学校の英語の授業で「今日は5月10日だから、出席番号10番の◯◯君。はい、起立して11ページの3行目から読んでみて」みたいな場面はわりとお目にかかったことがあるのではないでしょうか。かく言う私も、そのようなことをしてしまうことがありますが、期待しているような効果はあまり得られないことが多いような気がします。

 

さて、この教室で英語を話すことは簡単か、難しいかという問題ですが、結論から言うと、「思っているよりは難しいのではないか」と思っています。

 

人前で慣れない外国語の音声を発するという行為は、教室におけるアクティビティの中でかなりハードルの高いタスクだと思います。とりわけ、気持ちを込めた朗読のようなタスクは、最難関といえるタスクかもしれません。

世間では英語学習で「音読は絶対大切!」みたいな考えが、あたりまえのように言われるようになってきましたが、この音読の「教室での運用」は気をつけなければいけないことだらけのような気がします。深いことを考えずに無神経に生徒たちに英語を読ませる活動は、生徒を萎縮させてしまうだけでなく、うまく読めなかった時の英語という教科に対するネガティブな感情を増幅させてしまうような気がします。

 

このことは、去る3月26日(土)に飯田橋で田尻悟郎先生のワークショップに参加した際に、先生がおっしゃっていたことを参考にさせていただいています。

 

みんなの前で立たせて音読させたら生徒は萎縮してしまう

 

教室で偉そうに(?)授業をしていると、当たり前のことを当たり前のこととして留意できていないことがあります。そういうことがあるたびに反省はしていたつもりなのですが、このワークショップ以来、もっと深く考えていこうと思いました。

 

マンツーマンで

現在、中学1年生の授業を担当しておりますが、この田尻先生の言をうけてやっていることがあります。それが、「マンツーマン・チェック課題」です。定期試験前に、試験範囲を早めに終えて、口頭練習をする機会を増やします(2〜3時間)。この時間を使って、ひとりひとり教室の隅に呼び出してマンツーマン・チェックを行っていきます。当たり前のことですが、教室でみんなの前で英語を読まされている時に比べて、明らかに異なるモチベーションで課題に取り組んでくれます。それだけ、まわりにオーディエンスがいない状況というのが、課題のハードルを下げてくれます。

チェックする内容ですが、基本的な英語のやり取りから始まり、日本語を英語に訳す英作文課題(瞬間英作文)がほとんどです。事前に「日本語が与えられてから5秒以内に英語を!」という制約を与えており、それなりに緊張感を持って課題に取り組んでくれます。もちろん、この5秒以内というのはあくまでもの目安で、運用は英語教師に任されるものです。こだわりすぎるべきものでもありません。

生徒が発音や文法的間違いをおかしたら、recastやその他の方法を使って、間違いを訂正したり、気づかせたりします。課題の間違え方によって語彙レベルや質問の内容を変えていきます。

マンツーマン・チェック課題をやっていて問題になるのが、待っている生徒がほったらかし状態になりがちだということです。待っている生徒は、きたるべき私とのマンツーマン・チェック課題に備えてペアで練習をしますが、多少賑やかになってしまうのは避けられません。多くの生徒から目を離してしまう時間が増えるので、当然のことなのですが、それがこの課題の難点になります。

マンツマーマン課題をやって思うのが、生徒の満足度が高いということです。ひとりひとり時間をかけてチェックをするので当たり前といえばそうなのですが、他の生徒の前で英語を読ませるような課題とは比べものにならないほど、集中して課題に取り組んでくれます。仮に課題の中で間違いをおかしても、何度も訂正を試み、trial and erroを繰り返します。お互い、相手の目を見ながらコミュニケーションを行い、カウンセリング的なアドバイスも施すことができるので、生徒との信頼関係(rapport)も築きやすいはずです。

 

Feeling of being Attended

とはいうものの、毎回の授業でこうしたマンツーマン・チェックができるわけではありません。非常に時間のかかる作業であり、クラスサイズという問題が大きく存在します。私が現在受け持っている中学1年生の授業(45人学級)でも、定期試験前にせいぜい2、3回が関の山というところです。

しかし、クラスサイズにかかわらず大切なことがあるような気がします。それは、生徒は教室で他人(教師や他の生徒)と有機的に交流(interation)をしながら学習をすべきではないかということです。生徒は先生が見てくれていない状態(the state of not being attended by the teacher)が続くと、勝手なことをいろいろと始めます。ノートや机にお絵描きを始める生徒もいれば、居眠りをする生徒もいます。さらには、友達と関係のない話をはじめてしまうことさえもあります。こうしたことが当たり前のようにまかり通ってしまうと、「授業崩壊」になります。そうならないように、先生は、声を荒げて制したり、「試験」「成績」「内申」のようなかなり遠くにある間接的な動機付けをチラつかせて、やや強引に課題に取り組ませます。けれども、往々にしてこうしたやり方は長続きはせず、授業はすぐに停滞することが多いような気もします。

クラスサイズが大きいと、生徒の中に、先生に見てもらっている感覚(feeling of being attended)を維持することがとても難しくなります。「生徒の人数がもっと少なくなれば、英語教育の成果は上がるに違いない」と思っている人は多いと思いますが、いくらクラスサイズが小さくなったとしても、本質的には、生徒の中にこの”feeling of being attended”が維持されるような授業を展開しなければ教育の質は上がらないような気がしています。教室におけるスピーキング活動もまた、生徒のこうした感覚の重要性を念頭においてやるべきではないのかというのが私の最近の考えです。

 

まとめ

教室でぶっきらぼうに生徒に英語を話させることは、とてもハードルが高いのではないか、ということはお話しした通りです。ここで、誤解していただきたくないのは、パブリック・スピーキングやプレゼンテーションのような活動を否定しているわけではないということです。そうした活動は、入念な準備を行い舞台装置をしっかり整えた上で行えば、多くの生徒もやる気になり、成功すれば自信につながるということです。しかし、いつも毎回パブリックな状態で音読のような英語を話させる活動をしているのだとすれば、日常的な教育活動としては、かなり感情的な負荷(psychological or affective burdonとでも言うのでしょうか)がかかるハードルの高い活動になってしまうのではないかという疑問があります。

英語を話させる活動は工夫をしなければならないと思いますが、そのひとつのやり方としてマンツーマン活動を紹介させてもらいました。マンツマーマン活動にはいろいろなやり方があると思います。先日、外国語教育メディア学会(LET)全国大会で、大東文化大学の靜哲人先生のワークショップに参加させてもらいました。先生は、教室で生徒や学生を輪にして、先生がその輪を回りながらひとりひとりの発音をチェックしていく「グルグル・メソッド」という教授法を考案されています。実は私は靜先生ほど綿密に生徒や学生の発音を矯正すべきだという考えには達していないのですが、このグルグル・メソッドもまた一対一なので、生徒を比較的萎縮させることなく教室で行えるスピーキング活動の一例だと思いました。

また、先生は授業でしっかりとひとりひとりの生徒を見てやることで、生徒の中にfeeling of being attendedを維持することができるのではないかということもお話しました。できることならば、たとえクラスサイズが大きくても、英語教師は、生徒のカウンセラー的な役割も担っていったほうがいいと思います。時間的制約やクラスサイズなどの物理的制約の中で、こうしたことをいかに上手にできるかが、スピーキング活動に限らず、英語の授業では大切になっているような気がします。

 

  • 日常的に他の生徒の前での音読させるのは生徒を萎縮させてしまう可能性がある
  • 一対一のマンツーマンで頭の中で英文を作らせるスピーキング活動はなかなか効果的かもしれない
  • 授業の活性化には、生徒の中に”feeling of being attended”を維持してやることが重要なのではないか

 

上記3つのことを最近よく考えます。まだまだ、私の授業もこうしたことを徹底することができていませんが、研究を重ねてよりよい授業を目指していきます。

 

 

 

 

 


takeondo
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都内の私立学校に勤務する英語教師(英語科教諭)。学生時代に英語音声に魅了され、英語教師の道へ。とりわけ関心があるのは、英語のプロソディ(超分節音的側面)とよばれるリズム、イントネーションなど。英語朗読、英語落語にも興味があります。 Certificate of Proficiency in the Phonetics of English 2nd Class 趣味:囲碁(四段)、ランニング(ハーフ1時間30分/フル3時間40分)

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